不思議なお花

「はやく帰らなきゃ!」

その声に驚いて足元にいた小さな魚たちがぱちゃぱちゃと逃げていく。

 

夕陽が反射してキラキラ輝いている湖のふちに、湖に負けないくらい目をキラキラさせた男の子が水の中で大きな魚を手にしゃがみこんでいた。捕まえられた魚はどうにか男の子の手から逃げ出そうと、服に水を弾かせ奮闘している。

しかしそれは叶わなかった。男の子は魚を逃すまいと、両手でがっちりと掴んだまま、すくっと立ち上がり、湖から出ると直ぐにそばに置いてあったバケツの中に魚を放り込んだ。

そして片手にそのバケツを持って、もう片方の手で釣り道具を掴んで、一目散に駆け出した。湖と繋がる坂を駆け上がり、踏み慣らされているイチョウ並木を街の方向と反対側に少し進む。他の木より一回り大きなイチョウの木を目印に、すぐ側の横道抜ければ小さな森小屋がある。そこには悩み事を話せば気持ちがすっきりすると評判の街の相談屋のおばばがいる。

 おばばはそこで男の子と2人暮らしをしていた。いつもおばばにお客さんが来ている時は勝手に扉を開けちゃだめだと注意されている男の子は、きちんと扉についているリボンの色を確認する。青色のリボンの時は入って良しって意味だ。ガチャリと扉を開ければ、おばばは窓辺のゆらゆら揺れる椅子に座って編み物をしていた。

 

―喜んでくれるといいな。

「おばばただいま!ねえ!見て見て!今日はね沢山魚が取れたんだ!!」

「おかえりハンス。あらまあ美味しそうな魚だねえ、ハンスは凄いねえ、今日はご馳走だねえ。」

おばばは手をとめて、こちらに向いてバケツの中を覗き込み、そう言って顔をしわくちゃにして笑ってくれる。その笑顔が大好きだった。

 夕飯の支度をしているおばばの隣で椅子に座りながら、食卓の横の窓から見えるおばばが育てているお花畑を眺める。そして、その中に一輪だけあるとても不思議な花をみて呟いた。

「ねえねえおばば、あの花は不思議だね。青、緑、黄色、どうしてあんなにキラキラ変わって見えるんだろう。」

「そうねえ、なんでだろうねえ。」

そういって今日のパンは街のパン屋さん自慢のバケットだよ、から始まった、バケットがどうしたらあんなに外はカリッと中はふわっと焼けるのか今度こそ聞き出したいねえなんていうおばばのパンの話に相槌をうちながら、ハンスはそのお花が不思議で気になって仕方なかった。

なぜならどうやらそのお花は人によって違って見えるらしいのだ。春に、ロバを引いたチョビ髭を生やしてベストを着た恰幅の良い商人がこの森小屋を訪れたことがあった。

「申し訳ない。どうやら荷物を運ぶロバが疲れてしまったみたいでね、うんともすんとも動かなくなったんだ。少しここで休ませては貰えんかな?」

そう言ってロバを休めにきた商人は、おばばお手製のお茶を飲みながら、ハンス達にいろんな世界の話をしてくれた。空がいろんな色に光る夜空の話だったり、雲の上の話だったり、塩味の水に魚がたくさん泳いでる「海」って言う場所の話だったり、ハンスはその話のどれもが新しくてワクワクが止まらなかった。ただ、どの話をする時にも入ってくる自慢話と、ふんふんという鼻息は気になったけれど。そうこうしていると、ふと、商人は窓から見えるそのお花に目をつけた。

「素晴らしい!なんて金ピカに輝いてる花なんだ!」

「えっ、おじさんが言ってるのってあのお花でしょ?金ピカに見えるの?」

ハンスは、おばばが一番大切にしている一輪の花を指さしながらそう疑問を口にした。だってハンズの目にはいろんな色にくるくる回っているんだもの。金ピカには見えなかった。そんなハンスの疑問に答えるようにおばばは言った。

「あのお花は見る人によって違うお花だからねえ。」

「ほう!ハンス君にはちがってみえるのかい!それは素晴らしい!ぜひとも欲しい!あのお花の種を私に買い取らせて頂けませんか?」

そう口にするおじさんに対して、おばばは何やら難しげな顔をしていた。

「種をあげるのはいいんだけどねえ、咲くかどうかの保証はできない。それでもいいのかい?」

「最高な土壌を用意しますとも。」

「そういうわけでもないんだけどねえ。1年にひとつしか種を作らない花なんだ。沢山はあげられないからねえ。売り物にはならないよ。」

「いいですとも。まあひとつだけとは言わずに…」

 

そういって巧みな言葉で3つの種を手に満足気に帰っていったおじさんを思い出していると、湯気と何やらいい匂いがハンスの鼻をくすぐった。

「ほらほらハンス、冷えないうちにお食べなさい。」

ほかほか湯気が出てる魚のスープが、目の前にあった。これは絶対においしいやつだ。ハンスのお腹はぐう~っとスープを催促していたから、さっきまでなにを考えていたかも忘れてハンスの頭の中はおいしい食べ物でいっぱいになった。

「いただきます!」

  それから7回季節は巡って、男の子は青年になった。

「俺は16歳になったら都会で腕を磨いて最高の武器職人になるんだ!」

そう湖でハンスの隣で呟くのは大工屋の一人息子のビルだ。この街では16歳になると家を出て旅に出る若者が多い。ビルもハンスも例に外れず、外の世界が気になって仕方がないそんな若者の一人であった。

「ところでハンス、今日の雲なんか嫌な色をしてないか。」

「確かにそうだね、今日はもう帰ろうか。」

 

森小屋に帰ると、天候は予想通り、いや予想以上に悪くなっていった。次の秋が来れば16歳になる、その一歩手前の夏口にここ100年は起きていないような大きな嵐が訪れたのである。家の中に備蓄していた食料で食いつなぎ、3日経つと嵐は過ぎ去った。すさまじい嵐によって窓の外のおばばが育てていた花畑は流されていた。不思議な花も流されていた。おばばは、その様子を見てとても寂しそうな表情をしていた。悪いことは続くものだ。そののちには、おばばが夏風邪を拗らせてしまった。思うように体が動かず、ベッドで過ごす日々。おばばは萎れていく花のように元気をなくしていくようだった。

 ハンスはどうにかおばばに元気になって欲しくて、看病をしていたがもっとおばばのために何かできることはないだろうかと考えていた。そうして思いついたのは、おばばが大切にしていた大雨によって流されてしまった花壇の復興だった。元通りにはならないだろう。けれど、流されたがれきを片付ける作業から始まり、ベンにも手伝ってもらいながら、窓から見えるどこに作ろうか、おばばの目線はどこだろうかと、花壇の基礎を作り、街の花屋さんから苗を貰い遂にハンスの課題が完成した。

「おばば、窓の方に来てみてよ。」

そういって、おばばを窓辺の椅子まで連れてくると窓の外には、こじんまりした、いびつなだけれども、温かみのある小さな花壇があった。

「ありがとう、ハンス、ありがとうねえ。」

するとふしぎ事が起きたのである。急に花壇の真ん中から芽が出て成長し、つぼみとなり、花を咲かせたのだ。それは、あのキラキラ光る不思議なお花だった。それをみておばばはより一層泣いていた。なんだかよく分からないけれど、おばばがとても幸せそうな顔をして泣くからハンスは胸がいっぱいになった。

 ハンスは不思議な花が咲く条件が分かった気がした。

 

秋になって、おばばはベットと花壇を行き来するようになったことが功を奏したのか体調も改善してきた。しかし安静にしなければいけないために、ハンスが旅に出て2日後におばばは森小屋を出て街の老人ホームに引っ越すということが決まっていた。

そしてハンスの誕生日、旅に出る日になった。朝からお客さんが森小屋にきていた。お手製のバケットを持った街のパン屋のメルダさんだ。おばばが一人では心配だと言って、ハンスの誕生日のご馳走作りに、見送りに、引っ越しの手伝いにと来たそうだ。

「さあ、今日はハンス君の誕生日ね!おばさん張り切っちゃうわよ!」

メルダさんのすさまじい張り切りっぷりに、おばばと目を合わせつつ、出来上がっていくご馳走にのどが鳴った。

「この森小屋を離れるとなると寂しいねえ。」

「まあ!街に来たらバケットの美味しい焼き方教えますのに。」

「なんだって!?それは行くしかないねえ。」

食卓を囲みバケットの話に笑い、思い出話から何まで沢山の話をして沢山のご馳走を平らげた。そうしてまとめた荷物を確認し終えると、ついにハンスが旅立つ時がきた。

「暗くならないうちに出発しないといけないものね。」

そう言うメルダさんは寂しそうにしていた。ハンスはおばばのほうを向くと、そこにはなんだかむずかしそうな顔をしたおばばがいた。ああお別れなんだとハンスは急に実感した。おばばは小さな小物入れを渡し、ハンスにこう告げた。

「沢山、花を咲かせられる人になりなさい。行ってらっしゃい。」

「うん、行ってきます。」

ハンスは一人出発した。隣町に向かって歩いていくとおばばたちが見えなくなった。ふと気になっておばばから手渡された小物入れを開けば、そこにはあの不思議なお花の種が入っていた。うるんだ目から涙こぼれないように空を見上げれば、イチョウが黄色に輝いていて、まるで旅立つハンスを祝福しているようだった。

 

 それからのハンスの旅路は目まぐるしかった。

雲の上の国に行って大切な友人ができた。夜空の輝くオーロラを見に行った時には危ない場面もあった。おばばへの手紙は欠かさなかったが返事は次にどこにいるか分からないから必要ないと頼まなかった。けれども、2か月遅れで焦げた手紙が宿泊施設に届くのが常だった。いろんなことが起きた中でも、ある海の見える街に惹かれ長く滞在していた時に、ハンスにとって素晴らしいことが起きた。その街でハンスはアンナという女の子と親しくなった。そうして、いつしかかけがえのない人になり、アンナのお父さんに紹介されることになった。緊張しつつ向かった先の商会には、見かけたことがあるチョビ髭を生やしてベストを着た恰幅の良いおじさんがいた。

商会で働くことになり、住む場所が固まったことでおばばとのやりとりもしやすくなった。仕事を覚えるのに忙しく月日が流れ、やっと一息ついたある冬のこと、一通の知らせが商会に届いた。森のおばばが亡くなったという知らせだった。それは手紙を出しても、おばばから手紙が返ってこなくなったこともあり、アンナと一度帰郷しようと話していた矢先のことだった。ハンスはぎゅっとその手紙を握りしめ、チリチリと音のする暖炉の前で立ち尽くした。アンナはそんなハンスの震える肩を抱きしめた。そんな2人の右手の指輪には煌々と炎が揺れていた。

 

 それから7回季節は巡り、ある3人家族がバケットが名物の街に訪れていた。バケットにハムとトマトとレタスが挟まったサンドイッチを持って、きらきら光る湖のそばでピクニックをしている家族から

「うわあ!パパママ!このパンはとっても美味しいしここは素敵な場所だね!」

「そうだね。ここはね、パパの故郷なんだ。」

「あら、お口にソースがついいているわよ。」

サンドイッチを食べ終えて、そのまま森の散策を続けていると、男の子はある不思議な光景をみた。不思議なお花畑があるのだ。

「ねえ、パパどうしてこのお花畑は、お家にあるあの不思議なお花みたいに、こんなにキラキラしてるんだろう。」

その不思議なお花畑で立ち止まり、物知りなお父さんに尋ねる。でも返事がない。不思議に思ってお父さんを見ると、お父さんはそのお花畑を見つめて立ち止まって泣いていた。お母さんをみると仕方ないわねえって顔をしていた。男の子にはどうしてお父さんが泣いているのかよく分からなかったけれど、とてもとても幸せそうな顔で泣いていたから、男の子はなんだか胸がいっぱいになった。

 

 ある森のキラキラ光る湖のすぐ近く、イチョウ並木にある細道を抜けた先に、一輪の花がシュッと真っ直ぐ咲いていた。その周りを守るように小さな優しい白いお花が、それはそれはたくさんたくさん、たくさんたくさん咲いていた。

 

―終―

 

〈コメント〉

ー元気ですか。あんゆーです。

f:id:andyou725:20211126210657j:plain

おはな


国語の課題で書いた物語をもっといろんな人に見てもらいたくてブログにポンします。何を読んでもらえる人に伝えたいのだろうと考えた時に「大切な誰かのために何かを行うことの素晴らしさ」を伝えたいと感じました。その思いを物語におとしこむ時に、色んな場所に出てみて公園でおばあちゃんとそのお孫さんをみてそこから発想を得ました。いじょう!